「香りが揺らす心の世界」

感性心理学で読む MAGMANIA AFTERCOLORS

vol.3日常をデザインする
ツールとしての香り

さて、ここまで、香り全般についての心理効果を見てきましたが、私たちが日常で使用するようなフレグランスは、行動科学の視点を掛け合わせることで、その効果を最大限に引き出す工夫がしやすいかもしれません。
私は今、オーストリアの首都、ウィーンに住んでいますが、香りを日常的に使いこなす人がとても多く、その使い方が心理学的にとても面白いのです。
まず、複数のフレグランスをかけあわせて、「他の誰とも被らない、自分だけの匂い」を独自に組み合わせて使っている人が多いです。オフィスでふと香るその匂いだけで、同僚の顔がプルースト的に浮かび上がってくることはしょっちゅうあります(笑) まさに、自分や自分の印象をデザインする方法として、香りから立ち上がる感性経験を上手く利用している例ですね。
次に、私の友人に、「旅行の時にしか使わないフレグランス。自分の結婚式の時に使用したフレグランスは、日常では使わない。」といったように、場所や状況に応じて、複数のフレグランスを使い分けている人も多いです。これは心理学的にさまざまな効果を見込むことができます。たとえば、特別な結婚式の思い出を、ある特定の香りと強く関連づけることによって、その香り立ち上がる感性経験をより強固で、「特別」なものにアップグレードできたり。他にも、特定の環境と行動を結びつけることで、自分自身の「やる気」をコントロールする方法は良く知られていますが、これはフレグランスでも代用できそうです。オフィスでの香り、大事なプレゼンの時の香り、友達と出かける時の香りなど、香りと行動を結びつける工夫で、自分の気分やパフォーマンスを調整することも期待できそうです。


 

 


JAN MIKUNI  [三國 珠杏]
ウィーン大学 心理学部 ポストドクトラル・リサーチャー

オーストリア・ウィーン大学で「日常の感性経験」を研究する心理学者。
身近な空間やアート、日々の出来事に潜むデザインが、人の評価・感情・行動にどのような影響を及ぼすのか、その心理メカニズムを中心に探究している。
また、感性経験が心身の健康や社会的つながり、暮らしの豊かさに与える効果にも注目。感性の力を通して、現代社会の課題に寄り添う新たな視点と知見を提示することを目指し、研究を重ねている。
https://jan-mikuni.com/

引用文献

Green, J. D., Reid, C. A., Kneuer, M. A., & Hedgebeth, M. V. (2023). The proust effect: Scents, food, and nostalgia. Current opinion in psychology, 50, 101562. https://doi.org/10.1016/j.copsyc.2023.101562

Herz, R. S. (2016). The role of odor-evoked memory in psychological and physiological health. Brain sciences, 6(3), 22. https://doi.org/10.3390/brainsci6030022

Royet, J. P., Zald, D., Versace, R., Costes, N., Lavenne, F., Koenig, O., & Gervais, R. (2000). Emotional responses to pleasant and unpleasant olfactory, visual, and auditory stimuli: a positron emission tomography study. Journal of Neuroscience, 20(20), 7752-7759. https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.20-20-07752.2000